Q.そもそも、日本版エグゼンプションって何?
A.労働基準法では、労働時間を1日8時間、1週40時間と定めています。一部の例外を除き、この時間を超える場合は、その事業所で選挙などの民主的な手続きにより選ばれた過半数代表者またはその事業所の過半数の人が加入する労働組合との間で、書面の協定(36協定)を作成し、会社を管轄する労働基準監督署に届け出ることが必要になります。そして、超えた時間については割増賃金(125%増)が必要になり、さらに深夜(午後10時〜午前5時)に働いたら、深夜割増(25増)が必要になります。これらの割増手当は業種・職種・企業規模を問わず適用され、支払わなければ違法となり、経営者が逮捕されることもあります。
しかし、このような規制は、自立的に働く労働者には馴染まないので、労働基準法上の労働時間の規制の適用を除外してしまおう、そして会社の割増賃金の支払い義務も無くしてしまおう、というのが、労働時間の適用除外制度=日本版エグゼンプションなのです。
同様の制度がすでに立法化されているアメリカでは、当初、いわゆるホワイトカラー労働者を対象にしていたことから、「ホワイトカラー・エグゼンプション」と呼ばれていました。しかし、現在、日本で検討されているものは、必ずしもホワイトカラーに限定していないことから、私たちは「日本版エグゼンプション」と呼んでいます。現在、日本版エグゼンプションを可能にするために労働基準法を変えようと提案されていて、政府は2007年の通常国会に法律案を提出しようとしています。
Q.どんなところが問題なの?
A.労働時間の適用が除外されることになると、会社は何時間働かせても割増賃金を支払う必要がなくなります。ある労働基準監督官は「労働基準監督行政では、サービス残業の撲滅に力を入れていますが、一部から『監督署のサービス残業に対する指導は厳しすぎる』との指摘を受けることが多くなってきました」と指摘しています。政府と経営者の狙いのひとつは、サービス残業の合法化にあることは間違いなさそうです。そして、何時間働かせても割増賃金を支払わなくてもよいわけですから、いっそう労働時間が長くなることは間違いないでしょう。さらに、日本版エグゼンプションの対象者を、現在の労働時間規制に馴染まない「自立的に働く者」としているため、どんなに長時間働くことになっても、それは「仕事を早く片付けられなかったあなたの責任」要するに「自己責任」とされてしまいます。このため、長時間労働で心身の健康を崩しても、それは「自己責任」とされてしまうおそれが高いのです。
長時間労働は心身の健康に大きなダメージを与え、最悪の場合は過労死を引き起こすこともあります。このような場合に、行政に労災申請を行う、あるいは企業に責任を求めて裁判をするときは「会社はその人を何時間働かせていたか」が大きなポイントになります。しかし、日本版エグゼンプションでは、長時間労働は「自己責任」ですから、このような場合であっても「会社はその人を何時間働かせていたか」は、問題とされなくなってしまいます。
長時間労働による健康障害や過労死が発生した場合に、積極的にデータを開示する会社は少数派。中には、隠蔽するなどの悪質なケースもあります。もし、日本版エグゼンプションが立法化されてしまえば、会社のこうした傾向を強め、これまで過労死と認められていたケースまでも認められなくなってしまうことも考えられます。
私たちが「過労死促進法」と呼ぶのは、このような理由からなのです。
Q.実現される可能性はあるの?
A.現在、法律を検討するための場として設けられている「労働政策審議会労働条件分科会」で、公労使の3者による話し合いが進められています。その話し合いの状況をみますと、「使」に該当する経営者側は日本版エグゼンプションに強いこだわりを持っていることが伺えます。さらに「労働組合のない中小企業でも実施しやすいように、手続きはできるだけシンプルにすべき」「厳しい要件でもいいが、中小企業は特例的に要件を緩和して欲しい」などの意見も出されています。一方、「労」に該当する労働組合側は、「労働時間の長時間化に繋がる」などとして反対し、激しい議論が繰り広げられています。
政府と経営側は、2007年の通常国会に、日本版エグゼンプションを盛り込んだ労働基準法の改悪法案を提出することを目論んでいて、今後、強硬に改悪法案をまとめ、国会に提出することも予想されます。
日本版エグゼンプションは、現在、働いている人たちだけでなく、今後、働くことになる人たちにとっても大きな問題です。安心して健康に働ける環境を維持・確立し、後世に継承していくためには、なんとしても阻止しなければなりません。
私たちは、さまざまな機会をとらえて運動を展開し、広く社会的に「日本版エグゼンプションなんていらない!」ことを訴えていきます。是非、多くの方々に賛同していただきたいと思います。
Q.アメリカでは、すでに実施されているということですが、どういう状況なの?
A.アメリカでは、1996年時点でホワイトカラー・エグゼンプションの対象となる労働者は317.9万人で全労働者の4分の1に達するといわれていました。さらに、2003年にブッシュ政権は適用除外となる労働者の範囲を拡大する法改悪を実施。新たに800万人が対象になったといわれています(連合通信編集部編『労働法解体』より)。
『窒息するオフィス 仕事に脅迫されるアメリカ人』(ジル.A.フレイザー著 岩波書店)という本では、1日20時間会社にいて、バカンスの間もパソコンとケータイで仕事に追いかけられるという、アメリカの労働者のケースが報告されています。
日本でもいったん導入されてしまえば、最初はそれがごく一部の労働者限定したものであっても、なし崩し的に範囲が広げられていく可能性は十分すぎるほどあります。
Q.労働時間の適用がなくなれば、給料も労働時間ではなく成果によって決定するようになるはず。これは、働く者にとっても望ましいことでは?
A.たしかに、皆さんの会社にも「要領が悪い」「仕事が遅い」といったことから、残業が多くなり、結果として手取りの給料が多くなっている人もいるかもしれません。「こんな人が残業手当をもらって高給になっているのなら、成果によって賃金が決まったほうがいい」と、つい考えてしまいそうです。しかしちょっと待ってください。話はそれほど単純ではないのです。
昨今、広がりを見せている「成果賃金」の「成果」とは、なんでしょう? すべてとはいいませんが、実は多くの企業でかなりあいまいになっているのが現状です。中には「成果」とはなばかりの「好き・嫌い」で計られることもあります。このようなケースも含めて建前としてでも、共通しているのは「その人の働きが会社に与えた一定の利益」を指しているということだけ。このため「成果賃金」では、この「一定の利益」に応じて給料を支払うことになります。
しかし、通常は、会社の上げた全体の利益の中で、給料に振り分ける分は決められています。成果賃金では、ひとりひとりの「成果」に応じて、同じ職場で働く者の間で、会社全体の利益を奪い合うことになります。そして、会社はこの「一定の利益」をひとりひとりの「成果」に応じて、振り分けることになるわけですから、全員が高い評価をされることはあり得ません。このため、常に高い成果を求められることになり、高い成果を出すために長時間働くようになるでしょう。
日本版エグゼンプションが立法化されていれば、このような長時間労働でも割増賃金の支払いは必要なくなってしまうのです。要するに「成果賃金」→「日本版エグゼンプション」→「長時間労働」という流れです。このように、まさにまじめに働く者を、果てしない長時間労働というアリ地獄へ追いやることになるのです。
Q.労働時間の「適用除外」ということなら、仕事が早く終われば早く帰ることができるようになるといった効果も期待できるし、自由な時間に出社や退社が自由になるのでは?
A.たしかに、「建前」としては、ご質問のとおりです。しかし、前述したように法律で定められた1週間の労働時間の上限である40時間を20時間以上超え、1週間60時間働く人たちが増えていることは厚生労働省のデータからも明らかです。企業間の競争が激しくなる中、こうした傾向は、今後はよりいっそう強まっていくことが予想されます。しかも賃金不払残業、いわゆる「サービス残業」は、労働基準行政の熱心な取り組みにもかかわらず、一向に減少する様子がありません。こうした中、日本版エグゼンプションにより、サービス残業が合法化されてしまえば、労働基準監督署から指導を受ける心配もなくなるのですから、今で以上に残業をさせたいと考える会社が増えるのは必然でしょう。
また、現実問題として「今日の私の仕事は終わりましたので、帰ります」といって、1〜2時間仕事をしただけで帰ることができることができる会社が、いくつあるでしょうか。このようにして帰ったら「協調性がない」などといわれ、それこそ「成果」に影響することのほうが多いのではないでしょうか。
Q.現在、労働基準法で認められている裁量労働制というものがあるとききましたが、この裁量労働制と日本版エグゼンプションはどう違うの?
A.裁量労働制とは、実際の労働時間にかかわらず、労使で協定した時間労働したとみなす制度です。一定の専門職種に限定した「専門業務型」と、ホワイトカラー労働者を対象とした「企画業務型」があります。実際の労働時間にかかわらず、労使で協定した時間働いたとみなすわけですから、日本版エグゼンプションに近い制度であるといえます。
しかし、裁量労働制では「働いたとみなす」労働時間があるため「1日9時間」とみなすこともあり、この場合は1日1時間分の時間外の割増手当が必要になります。さらに、裁量労働制であっても深夜の時間帯に働けば深夜の割増手当が必要になります。要するに、裁量労働制であっても、会社は労働時間を管理する必要があるわけです。
これに対し、日本版エグゼンプションには、みなすべき労働時間がありません。何時間働いても、どのような時間帯に働いても割増賃金は必要ありません。しかも「自立的に働く」人を対象とするとしていますから、長時間働いても「自己責任」にされてしまいます。
要するに、経営者が何らの手続を経ずに、意のままに何時間でも好きなだけ、しかも割増賃金も支払わずに働かせることができる、というわけです。まさに、日本版エグゼンプションは、果てしない長時間労働を生み出すサービス残業の合法化制度。私たちが「過労死促進法」「24時間働け法」と呼ぶのはこのためです。
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