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| 『日本版エグゼンプション』が導入されていない現段階でさえ、長時間労働によって労働者の生命や心身の健康が損なわれています。 以下にご紹介するのは、2006年8月1日に弁護士会館クレオホールにて開催された共同アピール運動の発足集会で報告された事例の一部です。 労働時間規制の撤廃に反対し、人間らしく働くための労働法制を求める共同アピール運動 ニューズレター 2006.9.10 ● No.1 より転載 |
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夫の富雄さんすかいらーくグループのファミリーレストラン店長として、複数の店をまわって連日朝から晩まで働いた。2004年8月5日朝、社宅マンションの玄関先で倒れた。出勤しようとしたものの、「気分が悪いので休ませてくれ」と会社に電話をした後、救急車で病院に運ばれ、数日後に亡くなった。死因は脳梗塞だった、享年48歳。25年の勤続でわずか2度目の欠勤願いだったという。 7月30日に三回忌を迎えた。嘆きと悲しみと闘いの2年間だった。東京東部労組に加入し、すかいらーくと交渉してきた結果、7月26日、労務管理の改善と謝罪、賠償、社長の全社員に対するメッセージを約束し、協定書を結ぶことになった。 主人は週報を残してくれた。そこには勤務実態が克明に残されていた。また、出退勤も部長・地区長に報告すると命令があり、FAXで送信していた。それらの記録があったために、労働基準監督署も3か月という早さで主人の過労死を認めてくれた。しかし、当初すかいらーくは、過労死という認識はないというスタンスで、私どもと話をした。 主人は、倒れる前日―8月4日に、本人が東部労組に電話をして「今月中に事務所に相談にうかがいます」と電話を切った。しかし、それには間に合わずに亡くなってしまった。その後私が息子と一緒に、主人が言ったとおり「8月中に」ということで8月30日に東部労組の事務所を訪れ、主人に代わって組合に加入することになった。 主人は「龍になる」というのが口癖だった。「成功する」という意味で話していた。平均して月に130時間、厳しい月には180時間という残業をしている間でも、私と二人でビールを飲むのが何よりの楽しみだった。仕事が終わった夜中の2時に携帯電話をかけてきて、「晴ちゃん、今仕事が終わったよ。ビール飲みに行こうか」、そう言って近くの、すかいらーくではないファミレスに行ってビールを飲んだ。 「僕は龍になるんだ」と楽しい話もたくさんしてくれたが、亡くなる前には、「会社を正すのが僕の使命だ」と言っていた。「社員に130時間、180時間という残業をさせなければ成り立たないのでは、もう企業ではない」とも言っていた。それで東部労組に相談の電話をかけたのだった。 そう言った彼の言葉を受け継いで、私は今回すかいらーくから賠償金を取りました。それは会社に対するペナルティだと思っている。その賠償金を基金として、過労死をなくすための「龍起金」というものを立ち上げたい。すべて龍が私を導いてくれていることではないかと思っている。過労死撲滅のために頑張っていきます。皆さん、応援してください。 |
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文教堂というチェーンストアの書店で働いています。一昨年3月に会社からの一方的な人事異動命令で、辻堂店に店長として配属された。断れば解雇ということだった。配属先の売上が悪いという理由で、週6日の営業時間内フルタイムで働いてほしいという会社の指示があった。フルタイムというのは、朝1100時から夜10時までの営業時間と、私の場合その前後1時間あるので、だいたい14時間くらいになる。店舗の売上は私が配属になる前からのこと。働くというより、働かされているという状況だった。 店は店長と社員1名のほかはパート、アルバイト数名という体制が基本だが、私の場合は売上が悪いので人件費をかけられないということで、社員抜きで私とパート、アルバイト数名で運営する状態だった。数週間ほど勤務すると、ストレスだと思うのだが、耳鳴りや手足がしびれるような状態になった。休日は自宅で休養するだけで、とても病院に行くような元気はなかった。条件の悪い店ではあったが、書籍販売業務、店舗営繕をしながら、努力を続けると前年の売上を超すこともできるようになり、会社に待遇改善を相談したのだが、一向に認めてはもらえなかった。 いくら働いても、売上が前年を超えても、私の就労状況は一向に変わらない。たぶん辞めてほしいのだなということを確信したので、東京管理職ユニオンの組合員になった。会社には組合員になったと通告していなかったので、会社のいじめが始まったのもこの頃だった。何かにつけて言いがかり、店内で怒鳴られたり、社長に報告すると言って写真を撮ったりした。 それから求人の面接、新人の指導等が通常業務に重なったこともあって、仕事量は増加。フルタイム勤務にさらに無休の状態が3か月ほど続いた。途中には業者による棚卸し作業監督のために、2日間連続勤務の徹夜作業もあった。そうしたなかで自分でポスターを上下逆さまに貼っても気がつかなかったり、トイレで気を失いそうになったり、健康状態にとても不安を感じ、会社にユニオンの方から公休消化と団体交渉を申し入れた。 そのおかげでやっと公休を取ることができた。結局、手足のしびれや耳なりは、公休を取るまでの8か月間は治らなかった。後でたぶん鬱病になっただろうと思う。公休消化中に運悪く交通事故に遭い、それから約半年間休職状態になった。その後職場復帰を申し入れ、復帰はできたものの、長期間のブランクがあるからということで会社は、私に一般社員への降格と減給、配置替えをしてきた。そのなかで優遇されたのは、自宅から近い店舗に配属になったことだけ。 その後も会社は、日本版エグゼンプションを前提としたような、勤務手当の改訂をしてきた。勤務手当一覧表に管理職、非管理職の文字を入れ、店長は管理職という位置づけになっている。休職中の団体交渉でも、店長は管理職だから残業代は一切払わないという姿勢を崩さなかったので、今年2月に未払残業手当の支払請求訴訟を起こした。訴訟当日、地元のテレビや新聞でも取り上げられ、いまは出版業界でもかなり注目されているようだ。それから書店のなかには実際に労働組合をつくったところもある。 7月26日に、三六協定を結ばなかったことを理由に、通勤時間が片道約2時間かかるのだが、流通センターという倉庫のような職場に異動になった。お客とか出版者とのコミュニケーションのまったく取れない職場。裁判は現在までに2回の弁論準備を行い、そのなかでも会社の方は言いがかりのような発言ばかりしている。9月には最終弁論準備がある。年内には決着して、同じような待遇で働かされている方たちのためにもひとつの方向性を示すことができればと考えています。 長時間働いても収入が変わらず、家族とのコミュニケーションも取れず、人生を無駄に削るような日本版エグゼンプションには絶対に反対です。 |
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私は、昨年6月に東京管理職ユニオンに加入し、12月に日本マクドナルドという巨大な企業を相手に未払残業代請求、過度の残業による精神的・肉体的苦痛に対する損害賠償を求める裁判を起こしています。 加入する以前は、成果主義という評価のもと、月110時間くらいの残業、休日は月1回取れるかどうかという苛酷な勤務をしてきた。そんななか、ぎっくり腰になったり、小胞性脳梗塞という小さな脳梗塞ができたりとかいうかたちで身体の方もおかしくなってきた。また、そのことを報告することで会社の上司からは、管理監督者である本人自身の能力が問われるような発言も受けた。そのようななか自分は何のためにこんなに仕事を頑張ってきたのか。家族のためであり、会社のためであると思ってきたが、その上司の一言で大きな疑問が生まれた。それによって東京管理職ユニオンに加入した次第である。 加入後、公休も取れるようになり、残業も月20時間くらいというかたちで、労働環境は飛躍的に改善された。家族との時間も大きく取れるようになり、以前のことを思えばまるで天国のような生活をしているように思えるようになっている。 でも今回日本版エグゼンプションという制度ができたら、成果を上げれないのになぜ休んでいるんだと、上司の叱咤のもと勤務せざるを得ないようなかたちが出てくる。 今回僕の起こしている裁判は、マクドナルドはアメリカの外資系の会社であり、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入に対する前哨戦の裁判だと思っている。この裁判に勝つことによって、この問題がもっと報道され、無関心な人たちにこの法律がどのようなものかということが伝わればいいと思っています。皆さんの熱いご声援を期待しています。(高野さんは、会社の主張に対して、「名前は店長と言っても、年間1,000時間も残業している状態のどこに出退勤の自由があり、そのような残業を含む年収600万円のどこが高額で、アルバイトの採用以外に何の権限もないにも関わらず人事権が存在するという主張のどこに正当性があるのか」と反論している。) |
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